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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)1393号 判決

控訴人 被告 財団法人日本文化住宅協会

訴訟代理人 根本松男 外二名

被控訴人 原告 国

訴訟代理人 堀内恒雄 外三名

主文

原判決をとりけす。

被控訴人は、控訴人から金七千九百六十八万三千百四十三円の支払をうけるとひきかえに、控訴人にたいして別紙目録記載の土地および建物について、昭和二十五年十一月八日附売買による所有権移転登記手続をし、かつ、みぎ物件をひきわたすべし。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決をとりけす、被控訴人は控訴人から金七千九百六十八万三千百四十三円をうけとるとひきかえに、控訴人にたいし、別紙目録記載の土地および建物につき、昭和二十五年十一月八日附売買による所有権移転の登記手続をなし、かつ、みぎ物件を引渡すべし、以上の請求が理由のない場合は、被控訴人は控訴人にたいし金千七百七十一万三千円、およびこれにたいする昭和三十一年三月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする旨の判決、なお物件の引渡、金銭の支払を求める部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決をもとめた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は後記のとおり附加するほか原判決の事実らんにしるすところと同じ(ただし判決二枚目((判決原本についていう、以下同じ))裏後から三行目「賠償機」とあるのは「賠償機械」と、同八枚目裏後から三行目「賠償保全」とあるのは「賠償機械の保全」と、同十一枚目裏六行目「法律上及び事務上」とあるのは「法律上及び事実上」と、同十三枚目表六行目「払下再審請」とあるのは「払下再申請」と、同十三枚目裏後から三行目「万全を期する」とあるのは「万全を期するため」と、同十四枚目表、後から五行目「求め」とあるのは「求める」とそれぞれ訂正する)であるからこれを引用する。

(控訴人の主張)

控訴人は、予備的請求の原因について、次のとおり主張を明確にする。

一、被控訴人国が本件売払契約の解除を強行した理由は、本件物件を駐留軍宿舎として提供するがためであつて、分納代金の支払遅滞という契約解除の理由は、これをカムフラアジするための単なる一口実に過ぎないものである。

被控訴人は、本件売払契約が有効に存続中なるに拘らず、信義に反し、秘かにこれを駐留軍宿舎として提供することを劃策し、よつてその有力なる候補物件として建物リストに掲上し提出した。この行為は、被控訴人が自ら、本件売払契約を無視し、これを破棄しようとの意図を外部に表示したものであつて、極めて注目に値する事実である。

被控訴人は、控訴人協会をして本件払下再申請を断念せしめる代償として「協会の今日までの所要経費は別途を以て補償救済する」旨確約したが、これは、被控訴人が上記行為の不当性を自ら承認して、これに対する補償救済を為さんとしたものである。

当時、池田大蔵大臣が協会の右損失を補償救済する目的を以て主計局長河野一之及び防衛分担金担当の主計局次長石原周夫の両氏を大臣室に招致し協議した事実、その結果、国の予算として支出するとすれば、協会の手になる設計図その他の有益費に限られ、多くを望めないので、協会の満足するところとはならないだろうという事情から、更に建設省当局と補償方法につき種々接衝を遂げた事実は、甲第九号証の一、二の書簡及び証人大平正芳の証言並びに甲第四号証強制調停決定書の各記載によつて明瞭であつて、大蔵当局によつてかかる異例の措置が採られた所以は、勿論単なる同情により発したものではなく、当該国家機関において、本件売払契約の解除を強行し、協会をして遂に本件払下を断念せしめることが如何にも不当である、国として何等かの形においてこれを補償すべきである、との良識ある判断より出でたものと見るべきであつて、被控訴人が、協会の所要経費を補償するのは当然の義務であるといわなければならない。

しかして、控訴人は、本件物件を改造して住宅一千二百戸収容人員六千人という一大庶民住宅を建造するという一大創意着眼を以て、この目的達成を唯一の存立目的として設立されたものであつて、昭和二十五年七月協会設立より昭和二十七年七月本件払下再申請を断念するに至るまでその間に、協会が支出した経費の総額は合計金一千七百七十一万三千円であり、右事実は甲第二十三号証収支元帳の記載及び証人秋葉好雄、同林文爾の各証言によつて極めて明瞭である。

よつて控訴人は前記損失補償契約に基いて被控訴人に対し右金員の支払を求めるものである。

二、仮りに、以上の主張が理由がないとしても、控訴人は、昭和二十五年八月一日より同年十一月八日本件売払契約締結に至るまで国有財産たる本件売払物件の管理をなし、その間においてその事務管理のため金四十三万円を支出した。即ち、当時本件物件について売払契約は未だ締結に至らなかつたが、本件売払物件現場に紛失事件が頻発したので、控訴人は関東財務局と相談の結果、その指示に従い、これを防止するため、協会は島野鉅外三名の職員を関東財務局立川出張所の嘱託名義を以て本件現場に派遣し、常時物件の監視に任ぜしめると同時に、現場は賠償機械の存置場所を除いて殆ど爆撃の被害を受けて六棟の建物をつなぐ連絡通路さへなく、通行透視に危険困難を伴う状態であつたので、人夫を使用する等して応急の妨害物の除去等の清掃取片附け作業を実施したのである。これがため、監視人たる協会職員の俸給十八万円及び清掃費二十万二千円及び清掃用器具、懐中電燈等雑費四万八千円合計四十三万円を支出したのであつて、右事実は甲第二十三号証収支元帳の記載及び証人秋葉好雄並びに同林文爾の各証言によつて明瞭である。

しかして右事務管理のため支出した費用は、国有財産の滅失毀損を防止し、よつて国の財産を保全するために有益に支出された費用であるから、被控訴人に対し右金員の償還を求める。

三、次に控訴人は昭和二十五年十一月八日関東財務局との間に本件売払契約を締結したのであるが、同契約第十一条に「売払物件内の賠償機械は甲及び現管理人と協議し管理保全に万全を期すると共に機械の移転その他の一切については乙の負担とする」との条項があつたので、愈々現場管理を徹底し、管理保全に万全を期さなければならないと考え、本件物件内に(イ)事務所を設置し(電話も架設した)(ロ)職員六名を常時配置し(ハ)人夫を使用して本件売払物件の紛失防止のため監視及びコンクリート破片の取片附け清掃等及び(ニ)専門業者に依頼して本件建物の内外に散在したスクラツプを一定場所に集積せしめ、リストを作つてこれを点検して管理する等、本件売払物件の管理保全のため昭和二十五年十一月八日本件売払契約締結日より昭和二十七年二月十日頃契約解除通知了知の日まで約十五ケ月間に亘つて、(イ)事務所費として金二十二万一千二百円(ロ)職員六人の俸給金百三十五万円(ハ)清掃費七十一万円及び(ニ)業者による清掃請負費用金五十万円合計金二百七十八万一千二百円を支出したものであつて、右事実は甲第二十三号証収支元帳及び甲第八号証の一、二の各記載及び証人秋葉好雄並びに同林文爾の各証言によつて明瞭である。

控訴人は、以上のように、本件契約締結以前より本件物件の管理を行い、本件契約締結後においては、契約書第十一条の規定する管理義務を誠実に実行するため、前記のように多額の費用を支出して管理を継続して来たのである。若し本件物件の引渡以前においては(契約書第四条によつて第一回分納金納入の時)第十一条の管理義務は発生しないものと解すれば、控訴人は義務なくして本件売払物件の管理を行つたものであり、控訴人が支出した事務管理費用は有益費用として当然国に対し償還請求が出来る筈のものである。

仮りに然らずとしても、控訴人が前記の如く多額の費用を支出して本件物件の管理を行つたので、被控訴人は国有財産の滅失毀損を防止し且つ良好な状態においてこれを管理するに必要なる出費を免れたものであるから、被控訴人は控訴人の損失において右金額に相当する利得を得たものというべく、よつて被控訴人に対しその返還を求める。

四、最後に、被控訴人が本件物件を現在の米駐留軍宿舎として改造建設するについて、控訴人が訴外長建設株式会社に依頼して約二ケ年の長期に亘つて作成完成した本件物件の住宅改造に必要不可欠なる建築設計図を、国が利用し、短期間内に現在のような駐留軍宿舎を完成したのであつて、右事実は、甲七号証ノ一工事設計料及び証人根上清太郎同林文爾の各証言によつて明瞭である。

若し国が右設計図を利用することなく、全く新規に設計を行つたとすれば、少くとも右設計料に相当する金六百万円以上の出費は当然必要とした筈であつて、被控訴人は控訴人の右建築設計図を利用することによつて右金額相当の出費を免れたものであるから、被控訴人は控訴人の右財産によつて不当に利得した金六百万円の利益を返還しなければならない。

(被控訴人の主張)

被控訴人は、控訴人のみぎ主張に対して次のとおり陳述する。

一、第一項について

(1)  控訴人は、被控訴人が契約解除をした理由は本件物件を駐留軍宿舎として提供するためであつたと主張されるが、これを否認する。

被控訴人が本件物件を駐留軍宿舎として米軍に提供したことは争はないが、関東財務局が控訴人に対し契約解除の通知を発送した頃には、駐留軍宿舎として米軍に提供することは全然関知していなかつたものである。

なお、関東財務局長が控訴人に対し再払下の申請に応じられない旨を回答したのは、甲第十三号証によるもので、すなわち、昭和二十七年十二月十八日のことであり、日米合同委員会において本件物件を駐留軍宿舎として使用することに決定をみたのは、翌昭和二十八年八月四日である。

関東財務局長のなした契約解除は、何等信義に反するものでない。

(2)  控訴人は、被控訴人において控訴人に対し別途補償救済する旨を確約したと主張されるが、これを否認する。被控訴人は、控訴人に対し補償の義務はなく、また、義務あることを認めたこともない。なお、この点に関する控訴人のその余の主張事実は、従前答弁したもののほかは知らない。

二、第二項について

控訴人が昭和二十五年八月一日から昭和二十五年十一月八日までの間、本件物件を管理したとの事実は否認する。

売買契約締結前の右期間においては、被控訴人において控訴人に本件物件を引渡すはずもなく、また、その事実もないから、この期間において控訴人に事務管理の生ずる余地はない。

なお、本件物件は物納によつて国有となつた後右期間の前後を通じ国において管理し、現実には、通商産業省から旧所有者(物納者)である訴外富士産業株式会社に管理を依頼し、管理費を支払つていたものであるから、控訴人において管理することはあり得ないものである。

その余の控訴人主張の事実は知らない。なお、島野鉅外三名を嘱託した事実はない。

三、第三項について

控訴人は、昭和二十五年十一月八日から昭和二十七年二月十日頃まで本件物件を管理したと主張されるがこれを否認する。

控訴人において管理した事実のないことは前項において述べたところと同様である。控訴人は、売買契約第十一条によつて管理したと主張されるが、本件物件は、第一回の分納金を納付した日をもつて、別に何等の手続を用いず引き渡したものとすることになつており、(契約第四条、甲第一号証御参照)それ以前において引渡はなく、契約第十一条は、引渡後の賠償機械の管理に関する規定であつて本件物件(土地、建物)の管理に関する規定でないことは明瞭である。本件物件は、賠償指定地域であつたため、一般には立入が禁止されていたもので、控訴人協会の職員等が許可を受けて地域内に立入つたことはあり、金融の便をはかるため、すなわち出資者等を案内した際多少は綺麗にみせたいから清掃させて貰いたいとの申入を容れたことはあるが、これに基いて控訴人において地域内を清掃しても、何等事務管理となるものではなく、また、清掃等によつて被控訴人に何等利得を生じたものでもないから、被控訴人には不当利得の返還の義務もない。

控訴人主張のその余の事実は知らない。

なお、控訴人は、昭和三十一年二月二十五日付「請求並に請求原因変更の申立」書中において、控訴協会自体の経費として四、五〇四、四〇〇円を要したと主張し、右金額についても事務管理乃至不当利得の成立を主張しておられるが、控訴協会において右金額を協会費として支出した事実は知らない。協会自体の経費の如きは、事務管理としても、また不当利得としても、被控訴人に返還を求めることはできないと考える。

四、第四項について

控訴人は、設計費用六、〇〇〇、〇〇〇円を不当利得として主張されているが、控訴人において設計費用六、〇〇〇、〇〇〇円を支出したかどうかは知らない。仮りに右金額を支出したとしても、被控訴人は、控訴人主張の設計図を利用したことはないから、不当利得返還の義務はない。すなわち、被控訴人は、控訴人主張の設計図とは別途に長建設株式会社に対し調査を依頼し、これに対し費用を支払つているものである(証人根上清太郎の証言、御参照)。

(証拠)

控訴代理人は甲第十三ないし二十二号証、第二十三号証の一、二、第二十四号証の一ないし十、第二十五、二十六号証を提出し、当審証人林文爾(第一、二回)、山沢真竜、江戸英雄、根上清太郎、豊時房、大平正芳の各証言を援用した。

被控訴代理人は甲第十三号証、第二十六号証の各成立を認め、その他の甲号証はいずれも不知と答えた。

理由

別紙目録記載の土地、建物はもと中島飛行機株式会社武蔵野製作所工場およびその敷地で終戦後まもなく富士産業株式会社から大蔵省え物納せられ国有財産となつたものであること、控訴人は戦後の深刻な住宅難緩和のため耐震耐火の文化住宅の建設を目的として昭和二十五年七月設立せられた財団法人であるところ、みぎ目的達成のため前記もと中島飛行機武蔵野製作所工場を更生活用して耐震耐火の理想的大庶民住宅(建設住宅一二〇〇戸、収容人員六〇〇〇人)となすべく計画し、同年十一月八日関東財務局長との間に国有財産であるみぎ工場および敷地について別紙甲第一号証契約書写記載のとおりの売払契約を締結したこと、および控訴人は昭和二十七年二月七日当時の帝国銀行(現三井銀行)本店国庫代理店にみぎ売買代金の第一回分納金千九百六十八万三千百四十三円および延滞利子金五万七千六百九十八円を納入したところ、関東財務局は前記契約はすでに解除されたことを理由にその受入を拒否し、返戻の処置をしたことはいずれも当事者間に争いないところである。

しかして原本の存在およびその成立に争ない甲第一号証、成立に争ない乙第一ないし四号証、同第六および七号証の各一、二、原審証人原島美意子の証言により成立を認め得る乙第八号証の一、二に、原審証人平野常雄、原島たけ、原島美意子の各証言、原審における控訴人代表者岩沢忠恭本人尋問の結果および本件における当事者双方の弁論の全趣旨をあわせると、控訴人は被控訴人から買受代金中第一回の分納金千九百六十八万三千百四十三円について納入期を昭和二十六年二月二十日と指定する納入告知を受けたが、この期日にみぎ分納金を納入せず、第二回の分納金千万円の納入期日たる同年三月三十一日もなんら代金の支払をしないままで過ぎた。そのうち同年十月二十五日になつて控訴人から分納金支払期限の延期を申請したところ、関東財務局においてこれを容れ同年十一月七日まで第一回および第二回の分納金支払期限をのばし、ただし万一この期限にも不納入の場合は契約を解除する旨の書面を作成し、同年十月三十日控訴人に送達した。ところが、控訴人はみぎ期限にも約束の各分納金を支払わなかつたので関東財務局においては同年十二月二十五日当初の契約条項にもとずき本件売買契約を解除する旨書面をもつて控訴人に通知をしたところ、控訴人はそれより以前に中央区銀座八丁目三の事務所を事実上他に移転していたため、みぎ書面は昭和二十七年一月八日被控訴人に返戻せられた。関東財務局では控訴人から事務所変更の届出もないので当時控訴人代表者岩沢忠恭が参議院議員であつたところから同月十日参議院議員会館内みぎ岩沢忠恭あてに、返戻書面をそのまま封じ入れて発送したところ、同書面はその翌十一日同会館受付係に配達せられ、受付係から庶務係を経てみぎ岩沢忠恭の秘書官赤尾勇に到達し、同人において岩沢を代理して受領した。しかしそのころ、岩沢忠恭は地方遊説に出ており、参議院議員会館にいなかつたため、同人はその通知の内容を知らず同年二月十日ころにみぎ解除の通知のあつたことを知つた次第である。このような事実をみとめることができる。

控訴人は、被控訴人の契約解除の意思表示は原判決事実らん記載の(1) ないし(6) のような事情のもとになされたものであるから無効であると主張し、契約の履行として本件の請求をするという。よつて被控訴人がはたして当時行い得べき解除権を有したかどうかを検討する。

甲第一、二号証と当事者間争ないところをあわせてみると、本件契約には控訴人がこの契約上の義務を履行しない場合には被控訴人は無条件で契約を解除することができる旨の約定があるので(甲第一号証契約書第九条)、控訴人が被控訴人の納入告知書により指定期間内に代金の支払をしないと、ただ、それだけですぐに、被控訴人は解除権を有することになるようにみえる。ところが本件契約にはなお、売買の目的物である本件物件は、約定の第一回分納金を支払つた日において別になんらの手続を用いず完全に控訴人にひきわたしたものとし(契約書第四条)、控訴人はひきわたしをうけた日から一般住宅難緩和の目的で住宅経営をするという本件売買の目的すなわち甲第一号証契約書にいわゆる「申請の目的」にしたがつて本件物件を使用することという第八条の約定があるのである。前述の控訴人が本件物件を買い受ける目的、本件物件が国有財産であつて、国は控訴人の公益的目的達成をたすける趣旨で、本件売買は、いわゆる国有財産を払い下げるものであること、みぎ契約書記載の各約定事項全体を考えあわせると、この第八条による物件の使用は控訴人にとつて権利であると同時に義務であり、もし控訴人が物件ひきわたしをうけながら、申請の目的にしたがう使用のために、なんら、ことをはこばないとか、他の目的に使用するとかするならば、それは契約書第九条に控訴人が「本契約の義務を履行しないとき」にあたるものと解せられる。かような条項をも含む甲第一号証の約定事項全部を統一的に考えると、控訴人がまず第一回分納金の支払をすますならば被控訴人はただちに目的物件ひきわたし義務を履行すべきものと定めるものであるといわなければならない。

契約当時本件の土地建物内にはずいぶんたくさんのいわゆる賠償機械があつたことは本件の弁論の全趣旨からあきらかであり、甲第一号証契約書の第十一条からみても控訴人が前記「申請の目的」のために本件物件を使用するには、まず、みぎ賠償機械をどこかえ運びだしてしまわなければならないことは、売主である被控訴人の担当機関たる関東財務局の係員も、また買主である控訴人の代表者も、ともに、よくこれを知つていたことであることが認められる。しかし同時に両者とも、賠償機械の移転はもちろんのこと本件物件を控訴人の占有支配にうつすことが、後にあきらかになつたようにきわめて困難であることはつゆ知らず、ひきわたしについては前記の契約書第四条で十分と考え、賠償機械はたやすく他え運び去ることができるものと考えていたことは、当審証人林文爾(第一、二回)同山沢真竜の証言によつてみとめられるところであつて、それだからこそ、前記のように、第一回分納金支払と同時に本件物件は控訴人にひきわたされたこととし、かつ控訴人はひきわたしの日から「申請の目的」にしたがつて使用すべきことと約定したのであると解せられる。すなわち本件契約は第一回分納金支払さえすれば控訴人は本件物件を現実にその支配のもとにおき、すぐにも賠償機械の移転をし「申請の目的」にしたがつて使用するための工事にとりかかることができるということを前提としてとりきめられたものと認めるのが相当である。

したがつて本件契約中の被控訴人は控訴人が本件契約の義務を履行しないときは無条件で契約を解除することができるとの特約(契約書第九条)もまた前述の物件ひきわたし、使用可能を前提とするものと解せられ、この前提がそなわらないかぎり、控訴人が代金を支払わないからといつて被控訴人から無条件に契約を解除することはできないとしなければならない。もしこれを反対に解するならば契約当事者双方の地位は、はなはだしく、つりあいのとれないものとなり、とくべつの事情のないかぎりかような意味の契約をするはずはないというべきであり、本件においてとくべつの事情のあることはみとめられない。前説示のとおり解するのが相当である。

それならば控訴人が被控訴人の納入告知書に指定された期間内に代金の約定金員を支払わない場合に、被控訴人は相当期間を定めて支払を催告し、その期間内に支払がない場合に、被控訴人は民法第五四一条によつて本件契約を解除し得るであろうか。もちろんのことであるが、本件物件に関する事情が前記のように、当事者双方が契約当時信じていたとみとめられるように代金支払あり次第控訴人がたやすく本件物件を支配し得る状況であるならば控訴人の代金不払があれば民法第五四一条の適用をみるのであるが事情が全く反対である本件の場合に被控訴人がこのことを知りながら代金の支払をもとめ、それに応じないからといつて契約を解除するは契約当事者間の信義に反するそしりをまぬかれない。そればかりではなく、前記諸証拠および成立に争ない甲第二十六号証によると、本件売買契約はその締結当時の社会上の急務である住宅難緩和に役立たせるためなされたもので、控訴人の代金調達は銀行その他の金融機関からの借り入れによることを被控訴人も承知しその予想の下にことを運んでいたのであること、ところが前記のように賠償機械の存在とその移動が不可能なため、住宅建設工事着手の見込がたたず、金融機関においても控訴人にたいする融資をちゆうちよし、したがつて本件第一回分納金の納期も何回か延期せられていたこと、それが昭和二十六年十月ころになつて右賠償指定解除の見込が確定的となつたので控訴人の理事者らにおいて金融の方法を得るべく奔走した結果、昭和二十六年十二月末ころようやく三井不動産株式会社から第一回分納金と遅延利息金に相当する額の借り入れ方につき承認を得、さらに引き続いて第二回分納金についても同会社から借り入れることのできる見込がついたこと、本件土地建物は賠償指定地域として東京都によつて管理せられていたのを昭和二十七年四月二十八日賠償指定解除となつたことをそれぞれ認めることができる。それならば控訴人はあくまでも本件住宅建設工事に着手することを熱望し、しばしば第一回分納金支払の猶予方を懇請し、その調達に誠実に努力もしていたことが明らかであるから、被控訴人としてはみぎ事情のもとにおいては昭和二十六年十一月七日の第一回の分納金の納期をさらに延長するについて十分の考慮を払うのが信義誠実の原則上相当と考えられるのである。ところが被控訴人はその手段を講じないで、かえつて昭和二十六年八月ころから本件物件を米国駐留軍の宿舎に供するための候補物件としてあげられていたところからこの要求に応ずるため、控訴人がいまだ前示第一回分納金の支払をしていないのを、これさいわいとばかり、昭和二十六年十二月二十五日契約解除の通知を発したものであること、理由のはじめに認定したみぎ解除の通知送達の経緯、当審証人林文爾の証言(第一回)、同山沢真竜の証言および弁論の全趣旨によつて認められるのである。これをくつがえすにたる証拠はない。

以上の事情をかんがえると、被控訴人の本件契約解除の意思表示は一見控訴人の代金支払義務不履行にもとづく正当なもののようであるけれども、実は被控訴人が、控訴人の第一回分納金の支払いあり次第ただちに被控訴人の義務としてなすべき本件土地建物の引渡が当時不可能なことを十分知りながらあえてなしたもので、控訴人の代金納入がおくれたのにつけこみ、これをいいぐさにして、一般民衆の福祉を目的とするとしてした本件売買契約の趣旨をみずから破つたものといわざるを得ないのである。すなわちみぎ契約解除の意思表示は民法第一条第二項にしめされる信義誠実の原則に反するものであつて、無効のものとなすべきこともちろんである。

それならば、その他の争点について判断するまでもなく本件売買契約はなお存続するものとみとめるべきであり、したがつてその履行として被控訴人が本件においてもとめる第一次の請求は理由あるものとして認容しなければならない。

よつて民事訴訟法第三八六条にしたがい原判決をとりけし、主文中物件ひきわたしの部分について仮執行の宣言をつけることは相当でないとみとめ、この点に関する控訴人の申立は却下することとし、なお訴訟費用の負担について同法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 藤江忠二郎 判事 谷口茂栄 判事 満田文彦)

(別紙)

甲第一号証 契約書

関東財務局長井上義海(以下甲という)は国有財産の売払に関し財団法人日本文化住宅協会理事長岩沢忠恭(以下乙という)と左記条項により契約を締結する。

第一条 売払物件及び代金は次の通りである。

所在 武蔵野市関前字八幡付一五ノ七

種目 工場建(工作物を含む)参万四千七百九拾一坪七勺

数量 宅地 弐万参千壱百八拾七坪八合

代金 七千九百六拾八万参千壱百四拾参円

第二条 本契約を締結した後売払物件の数量に差異があつたり瑕疵があつたりした場合でも甲はその責に任じない。

第三条 乙は本契約書の送付を受けた後一週間以内にこれを甲に送付し又甲の発する納入告知書によつて指定期間内に買受代金の内第一回納入金(壱千九百六拾八万参千百四拾参円)を納付しなければならない。

第四条 売払物件は前条の金額を納付した日を以つて別に何等の手続を用いず完全に乙に引渡したものとする。

第五条 売払物件については所有権移転登記と同時に売渡人のために別紙の担保物件につき民法第三百四十条に依り先取特権の登記を為すものとする。

第六条 売払代金の残金六千万円については左記売払代金年賦延納年次表に基き甲の発する納入告知書により指定期間内に納付するものとする。

前項の納入金額に対しては年九分の利子を附するものとし尚納入期日に納付しないときはその翌日から納付に至る日までの日数に対し日歩五銭の単利計算による延滞金を徴収するものとする。

表〈省略〉

第七条 本契約を締結した後物件引渡前に於ける天災其の他不可抗力による減失毀損もすべて乙の負担とする。

第八条 乙は売払物件の引渡しを受けた日から申請の目的に従つてこれを使用するものとする。

第九条 甲は乙が本契約の義務を履行しないときは無条件で本契約を解除することが出来る。

第十条 前条によつて契約を解除した場合これによつて甲に損害を生じたときは乙は甲に対し賠償の責に任じなければならない。この場合の賠償額は甲の単独意思で決定する。

第十一条 売払物件内の賠償機械は甲及び現管理人と協議し管理保全に万全を期すると共に機械の移転その他の一切については乙の負担とする。

第十二条 本契約に関する費用はすべて乙が負担しなければならない。

右契約を証する為本書弐通を作成し双方記名捺印し各自其の壱通を保有する。

昭和二十五年十一月八日

売渡人 国

右契約担任官 関東財務局長

井上義海

買受人

東京都中央区銀座八丁目三番地

財団法人日本文化住宅協会

理事長 岩沢忠恭

目録

一、東京都武蔵野市関前字八幡附一五の七

宅地 二三、一八七坪八合

一、同所一〇の一所在(家屋番号第七二の二附属建物)

鉄筋コンクリート造地下室附四階建工場 一棟

建坪 一〇、一四七坪〇四勺

外地階 四、二七八坪一合八勺

二階 九、七三六坪五合七勺

三階 九、七三六坪五合七勺

四階 、八九二坪七合一勺

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